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25 June 2026

インドにおけるダウンラウンド

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Acuity Law

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ダウンラウンドとは、企業が新たに株式を発行して資金調達を行う際に、直前の資金調達ラウンドで投資家が支払った価格やバリュエーション(企業価値)よりも低い条件で株式を発行する資金調達のことです。つまり、企業のバリュエーションが既存投資家が出資時に想定していた水
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評価額引き下げを乗り越える:法務・契約・ビジネスの現実

  1. 「ダウンラウンド」とは何か?

ダウンラウンドとは、企業が新たに株式を発行して資金調達を行う際に、直前の資金調達ラウンドで投資家が支払った価格やバリュエーション(企業価値)よりも低い条件で株式を発行する資金調達のことです。つまり、企業のバリュエーションが既存投資家が出資時に想定していた水準を下回っている状態を指します。

例:シリーズAの投資家は当初、このスタートアップの評価額を10億インドルピー(INR 1,000 million)と見積もっていた。しかし、次のシリーズBラウンドでは評価額6億インドルピー(INR 600 million)で資金調達が行われた。この評価額の下方修正により、少なくとも帳簿上ではシリーズAの投資家は理論上の損失を抱えることになる。これは、彼らが投資した時点以降、企業の評価額が下落したことを意味する。

【基本的な仕組み】
(a) シリーズA:1株10インドルピー(INR 10)で100株を発行
(b) シリーズB(ダウンラウンド):1株6インドルピー(INR 6)で新たに50株発行
(c) シリーズA投資家:1株10インドルピー(INR 10)で取得したが、現在の実質価値は1株6インドルピー
(INR 6)ダイリューション(持株比率の希薄化)にくわえ株価下落も発生し、シリーズA投資家は二重の打撃を受ける
  1. 失墜したユニコーンの殿堂:インドにおける実例

インドでは、ダウンラウンドはもはや例外的なものではありません。2022年から2024年にかけての「資金調達の冬(funding winter)」により、著名企業の多くが影響を受けました。報道によれば、2023年のインドのスタートアップによる資本調達額は2021年のピーク時と比べて約71%減少しており、米国の金利上昇と世界的なベンチャーキャピタル(VC)の投資意欲の急激な減退が主な原因とされています(詳細は別途参照)。特に、以下に列挙する複数の著名なインド企業は近年ダウンラウンドを経験しており、この調整局面の深刻さを如実に示しています。:

  • Byju’sは、かつて企業価値約220億米ドル(USD 22 billion)を誇るインド最大級のスタートアップであったが、2024年初頭までに評価額は30億米ドル(USD 3 billion)未満へと急落した(詳細は別途参照)。Prosus、BlackRock、Silver Lakeなどの投資家は、同社がガバナンス問題や収益のリステートメントに直面し、最終的にインド国家会社法審判所(NCLT)による破産手続きに至るなかで、保有株式の価値が大幅に毀損する事態に見舞われた。
  • Oyoは、SoftBank、Sequoia、Lightspeedの出資を受けていたが、バリュエーションは100億米ドル(USD 10 billion)から約27億米ドル(USD 2.7 billion)へと圧縮された。同社は積極的な事業再編、ホテルポートフォリオの合理化、そして大幅に縮小した条件でのIPO再申請を通じて、事業の立て直しを図った。
  • Meeshoは、2023年に約35億米ドル(USD 3.5 billion)のダウンラウンドを実施し、評価額はピーク時の49億米ドル(USD 4.9 billion)から下落した(詳細は別途参照)。同社はこの評価額の見直しを前向きに活用し、ユニットエコノミクスの改善とバーンレートの削減に取り組み、2024年までにEBITDAを黒字化した。
  • Dunzoは、Reliance RetailおよびGoogleの出資を受けていたが、深刻な資金繰り悪化を経て大幅な評価額引き下げを伴うダウンラウンドを実施した(詳細は別途参照)。MeeshoやOyoとは対照的に、同社は回復に至らず、収益化への明確な道筋を欠いたままの資金調達は、単なる問題の先送りに過ぎないことを示す事例となった。2025年にNCLTによる破産手続きに入った。

特筆すべきは、Reliance、SoftBank、Temasekのように、財務基盤が強固で忍耐強い大口投資家に支えられた企業は、ダウンラウンドを経ても生き残る傾向があるという点です。これは、リード投資家が引き続き支援姿勢を維持するためです。しかし、Byju’sのケースのように投資家の確信が完全に失われている場合、ダウンラウンドは序章に過ぎず、より長期的な衰退の始まりとなる可能性があります。

  1. インドにおけるダウンラウンドの実態

ダウンラウンドは偶発的に起こるものではありません。インドでは、3つの主要な要因を中心に、ある程度予測可能な形で発生しています。

  1. 1. マクロ経済および市場環境
  • 世界的な資金調達の冬(funding winters):2022年以降の米国の金利上昇を契機に、世界的にVC投資が後退した。インドのスタートアップの資金調達額は、2021年と比較して2023年には約71%減少した(詳細は別途参照)。
  • 過熱評価の修正:2020〜2021年の時期は、資本が安価に入手できたことから、評価額が過熱した。資本コストが正常化すると、投資家は現実的な倍率を要求し、評価損が相次いで発生した。
  1. 2. 企業固有の課題
  • 不正と財務の虚偽報告:BharatPeは2022年初頭、共同創業者Ashneer Groverを財務不正の疑いにより取締役会で解任した(CNBC TV18、2022年3月の報道、詳細は別途参照)。これを契機に、投資家との契約枠組みは再交渉された。Zilingoも同様の経緯をたどり、ダウンラウンドと取締役会の分裂を経て、2023年に清算手続きが開始された(詳細は別途参照)。これらの事例は、ガバナンスの失敗が次回のバリュエーションに速やかに反映されることを示している。
  • 収益の不足:シリーズB段階の企業が、予測成長率80%に対して実際の成長率が20%にとどまった場合、新規投資家は単にモデルを修正するのではなく、評価額を大幅に引き下げることが多い。
  • ガバナンスの崩壊:創業者の退任、取締役会の膠着状態、継続中の訴訟は、合理的な投資家にとってリスクプレミアムを高める要因となる。一方で、創業チームが健全で安定し、意欲的に機能している企業は、リーダーシップの不確実性を抱える企業と比較して、著しく高い評価を得る傾向がある。
  • 現実的な予測と期待:市場需要の見極め、現在の市場見通し、世界的な情勢、取締役会の計画、期待される投資収益に対して投入される資金量などを踏まえ、一定期間を通じて現在のバリュエーションを再評価し、(a)現状および(b)将来に対する現時点の期待に基づき、妥当な評価額を付与することが適切となる場合がある。
  1. 3. 構造的・業界別の課題
  • クイックコマース、EdTech(教育テクノロジー)、FinTech(金融テクノロジー)といった競争が極めて激しい業界では、顧客獲得コストが急騰し、スイッチングコストは低く、パンデミック後もユニットエコノミクスの持続可能性を確立できなかった。
  • 規制環境の変化:インド準備銀行(Reserve Bank of India, “RBI”)によるFinTech融資への規制措置やインド証券取引委員会(Securities and Exchange Board of India, “SEBI”)による暗号資産関連ビジネスモデルへの審査強化は、それまで高い評価を受けていた企業の価値を急速に毀損させた。
  • IPOパイプラインの失敗:高い評価額を正当化していた出口戦略(IPO)が消失すると、2022年から2024年にかけて見られたように、バリュエーションの根拠を維持できなくなる。
  1. 創業者がダウンラウンドを恐れながらも受け入れる理由?

ダウンラウンドは、創業者にとって評判面で大きな打撃となります。スタートアップ・エコシステムにおいてバリュエーションは単なる財務指標ではなく、優秀な人材や顧客の獲得、メディアの注目を引きつけるための社会的通貨として機能します。目に見える評価額の引き下げは、たとえ事業の基礎的な健全性が損なわれていなくても、経営上の困難を示すシグナルとなります。

しかしながら、資本構成の現実は避けられないことが多く、株式の希薄化は事業清算よりも望ましい選択となります。最も優れた創業者は、ダウンラウンドをコストの削減、企業文化の見直し、そして中核事業への再集中の機会として捉えます。

創業者がダウンラウンドを受け入れる理由 創業者がダウンラウンドを避ける理由
資金繰りの確保を最優先とし、事業を継続することで次の機会に備える時間的余裕を得る 希薄化防止条項(Anti-dilution Clause)による創業者持株比率の大幅な希薄化
清算や破産を回避する 顧客や従業員に対する評判面でのシグナル
従業員の雇用と士気を維持する 従業員持株制度(ESOP)が価値を失い、即座に人材流出リスクが顕在化する
収益性のマイルストーン達成に向けた時間を確保する 投資家による監視強化およびガバナンス摩擦の増大
  1. 希薄化防止条項:契約における防衛手段

希薄化防止条項は、投資家がダウンラウンドに対して行使する主要な契約上の防衛手段です。インドにおける市場標準は、広義加重平均方式(Broad-Based Weighted Average, “BBWA”)です。「フルラチェット(Full Ratchet)」方式は、ラウンドの規模にかかわらず転換価格を新たな低い価格にリセットする仕組みであり、理論上は存在するものの、十分に交渉されたインドの取引では実質的にほとんど見られません。

  1. 1. 希薄化防止条項の2つの種類
  • フルラチェット(Full Ratchet)— 最も強力な条項

投資家の転換価格は、ダウンラウンドの価格そのものに完全にリセットされる。このラウンドの規模がどれほど小さくても関係はない。たとえ1株だけ低い価格で発行された場合でも、フルラチェットによる全面的な調整が発動する。この仕組みは非常に厳格であり、わずかなダウンラウンドであっても創業者に実質的なペナルティを課す構造となっている。

  • 広義加重平均方式(BBWA)— 市場標準

転換価格は、フル希薄化ベースの発行済株式数を考慮した加重平均で調整される。大規模なダウンラウンドでは大きな修正が行われる一方、小規模なダウンラウンドの影響はほとんどない。この仕組みは、公正かつ商業的にバランスが取れており、インドにおける実務上の標準となっている。

  1. 2. BBWA計算式
NCP = OCP × (OS + NM) ÷ (OS + NS)
NCP(新転換価格):調整後の転換価格[New Conversion Price (adjusted)]
OCP(旧転換価格):調整前の転換価格[Old Conversion Price (original)]
OS(旧発行済株式数):フル希薄化ベースにおける新規発行前の発行済株式総数[Old shares outstanding (fully diluted, pre-new issue)]
NM(調達額換算):ダウンラウンドにおける調達金額 ÷ OCP
NS(新規発行株式数):ダウンラウンドにおける新規発行株式数
  1. 3. BBWA計算式とフルラチェットの計算例
【BBWA希薄化防止の計算例】
前提条件:
シリーズA投資家は1株あたり100インドルピー(INR 100)で出資した。完全希薄化ベースでの発行済株式総数は1,000,000株である。旧転換価格(OCP) = 100インドルピー(INR 100)。ダウンラウンド(シリーズB):会社は1株あたり60インドルピー(INR 60)で200,000株を新規発行した。
第1ステップ:調達金額 = 200,000株 × 60インドルピー(INR 60) = 12,000,000インドルピー(INR 12,000,000)
第2ステップ:調達額換算(NM) = 12,000,000インドルピー(INR 12,000,000)÷100インドルピー[INR 100(OCP)] = 120,000
第3ステップ:新転換価格(NCP) = 100インドルピー(INR 100)× (1,000,000 + 120,000) ÷ (1,000,000 + 200,000) = 100インドルピー(INR 100)× 0.9333  = 93.33インドルピー(INR 93.33)
結果:
シリーズAの転換価格は100インドルピー(INR 100)から93.33インドルピー(INR 93.33)に低下。転換時、投資家は追加支払いなしで、同じ強制転換型優先株式(CCPS)に対してより多くの株式を取得する。


フルラチェット方式では、転換価格は60インドルピー(INR 60)にリセットされます。そのため、創業者にとってはBBWAよりもはるかに厳しい影響となります。
  1. 4. 希薄化防止条項の実際の影響

シナリオ1 — CCPSの転換比率の調整(標準的な手順)

外国人投資家が強制転換型優先株式(Compulsorily Convertible Preference Shares, “CCPS”)を保有している場合、2019年外国為替管理(非負債性金融商品)規則[Foreign Exchange Management (Non-Debt Instruments) Rules, 2019, “NDI Rules“]では、CCPSの発行時点で、価格および転換条件をあらかじめ定めておく必要があると規定されています。したがって、株主間契約(Shareholder Agreement, “SHA”)には、現状を踏まえ、CCPSを普通株式に転換できる柔軟なメカニズムを定めるべきです。

投資家がCCPSを保有しており、かつダウンラウンドが発生した場合、CCPS発行時に定められた転換メカニズムは、転換時点におけるさまざまな要素(将来予測の変更、プレミアムまたはダウンラウンドでの資金注入、その他関連する評価変数や構成要素など)を反映できる程度に十分柔軟である必要があります。これにより、CCPSを保有する投資家は新たな払い込みなしで転換時に追加の普通株式を受け取ることができます。ただし、この株式付与は、ダウンラウンドが企業全体の評価に与える影響を考慮したうえで行われることが前提です。既存のCCPSは単純により多くの普通株式へと転換され、被投資会社から即時の現金流出は発生しません。

シナリオ2 — 転換可能証券が存在しない場合

投資家がCCPSではなく普通株式を保有している場合、株主間契約(SHA)は、希薄化防止義務(anti-dilution obligation)を代替手段によって担保する必要があります。代替手段としては、(i)無償または名目上の価格で追加発行すること、(ii)株式の自己株式取得(Share Buy-back)、(iii)ボーナス株式(Bonus Shares)や権利発行(Rights Issue)、または(iv)その他、同等の経済的効果を達成できる手段が含まれます。この代替手段が重要である理由は、1999年外国為替管理法(Foreign Exchange Management Act, 1999, “FEMA”)による価格規制(pricing restrictions)により、外国人投資家に対する無償株式発行が制限される可能性があるためです。規制上、本来の手段が使用できない場合でも、代替手段によって経済的意図を維持することができます。さらに、希薄化防止の代替手段として株式の自己株式取得を行う場合、買い戻しに応じた株主に課税が生じる可能性があります。

  1. 規制遵守事項

インドにおけるダウンラウンドは、法的な空白のなかで行われるものではありません。ダウンラウンドは一連の規制上の要件を発動させるものであり、そのいずれかひとつでも遵守されない場合、綿密に交渉された取引全体が崩壊する可能性があります。

  1. 1. 外国為替管理法(FEMA)
  • 最低価格規制(Floor Pricing)の問題

NDI規則(NDI Rules)第21条は、非居住者投資家に発行される株式関連証券が公正市場価値(Fair Market Value, “FMV”)を下回る価格で発行されてはならないことを規定している。FMVは、SEBI登録のカテゴリーIマーチャントバンカー(Merchant Banker)によって認証される必要があり、通常、国際的に認められた手法[一般的にはディスカウント・キャッシュフロー法(Discounted Cash Flow, “DCF”)または比較取引分析]を用いて算定される。

これはダウンラウンドの商業的な仕組み(commercial mechanics)と直接的かつ構造的な矛盾を生じさせ得る。たとえば、企業が株式を1株あたり60インドルピー(INR 60)で発行することを意図しているにもかかわらず、認定された公正市場価値(Certified FMV)が依然として80インドルピー(INR 80)である場合、外国人投資家に対して60インドルピー(INR 60)で株式を発行することは、NDI規則における価格規制に直接違反する。その結果、重大な法的リスクが生じる。外国為替管理法(FEMA)第13条に基づき、当該取引全体が違反行為とみなされ、関与した金額の最大3倍の罰金が科される可能性がある。さらに、インド準備銀行(RBI)において、コンパウンティング手続き(compounding proceedings)が開始されるおそれもある。

また、12か月未満といった短期間において大きく乖離した評価額で公正市場価値(FMV)を認定する連続した評価報告書が作成された場合、インド準備銀行(RBI)から評価メカニズム自体の根拠について照会を受ける可能性があり、FEMA上の価格設定に関する追加的な論点が生じ得る。

インドにおいて実務上用いられている対応策
1. 株主割当増資(Rights Issue)の仕組み ダウンラウンドを株主割当増資として構成することで、既存投資家(外国人投資家を含む)は、企業が決定した価格で、その保有比率に応じて新株を引き受けることができる。この場合、NDI規則(NDI Rules)に定められた一般的な最低価格規制は原則として適用されない。これは、NDI規則第7条が株主割当増資の価格についてFMV要件の適用を除外する趣旨の規定を設けているためである。
2. 国内外投資家向けトランチ分割(Tranching):資金調達ラウンドを、国内投資家向けトランチ(FEMA上の価格規制の適用対象外となる構成)と外国人投資家向けトランチ(新たに認定されたFMVに基づく価格設定)に分けることで、必要に応じて投資条件および価格を分離して設定することが可能となる。
3. 新規のマーチャントバンカー(Merchant Banker)による評価:一定期間経過後に新たに評価を依頼し、ダウンラウンド時点における公正市場価値(FMV)が低下していることを確認・証明する方法。もしマーチャントバンカーが「現在、1株あたり60インドルピー(60 INR)の価値がある」と結論づければ、価格の不整合は解消される。この方法は、最もシンプルかつ一般的に用いられる手法である。
  • 無償(Nil-Cost)の希薄化防止株式とFEMA上の問題

外国人投資家に対して「無償(Nil-Cost)」で株式を発行することは、NDI規則(NDI Rules)上の価格規定に抵触する可能性がある。しかし、転換優先株式(CCPS)は当初の引受時点で評価されており、またその転換は当初の契約条件に従って行われるものであるため、これはFMVを下回る新規発行には該当せず、既存の契約上の枠組みの単なる再表現にすぎない。

  • 報告義務 — Form FC-GPR(外国直接投資報告書)

非居住者に対して行われる株式等の新規割当てはすべて、割当日から30日以内にFIRMSポータルを通じてForm FC-GPRによりインド準備銀行(RBI)へ報告する必要がある。希薄化防止目的の株式割当てであっても、この報告義務の適用除外とはならない。報告を行わない場合、外国為替管理法(FEMA)に基づく執行手続きが開始される可能性がある。本要件は、ダウンラウンドのクロージングにおける実務的なプレッシャーのなかで見落とされがちな手続き上の義務である。

  1. 2. 所得税に関する問題点

(a)  エンジェル税(Angel Tax)— 1961年所得税法(Income-Tax Act, 1961, “IT Act 1961″)56条第2項(viib):廃止

1961年所得税法(IT Act 1961)第56条第2項(viib)は、 インド企業への資金注入が、規定の方法で算定された公正市場価値(FMV)を上回るプレミアムで行われた場合、その超過分について受領企業側で課税する内容であり、基本的には資本課税の一種であった。この規定は、いわゆる「エンジェル投資家」による初期資金注入の場面でよく見られたため、一般的に「エンジェル税」と呼ばれていた。ダウンラウンドの場合、資金注入がプレミアムではなくディスカウントで行われることが多いため、この税の問題は通常生じなかった。しかし、税務当局は、現在のラウンドの評価を基準に前回ラウンドが過大評価であったと主張し、前回ラウンドにも第56条第2項(viib)が適用される可能性があると指摘することもあり得た。

ただし、2025年4月1日以降、IT法(IT Act)第56条第2項(viib)は廃止されており、以降の資金注入ラウンドについてはこの税はもはや考慮事項ではない。廃止前に完了した資金注入ラウンドについては、未決査定(pending assessments)において過去のエンジェル税のリスクが残る可能性があるものの、将来のリスクとしてはもはや存在しない点に留意する必要がある。

(b)  2025年所得税法(Income-Tax Act, 2025, “IT Act 2025”)— 投資家への課税:依然として有効

エンジェル税は廃止されたが、2025年所得税法(IT Act 2025)の第92条第2項(m)[旧1961年所得税法(IT Act 1961)第56条第2項(x) ]は依然として有効である。この規定によれば、いかなる財産であっても、その取得対価が算定された公正市場価値(FMV)よりも50,000インドルピー(50,000 INR)を超えて低い場合、そのMFVと実際の対価との差額(Shortfall)は、取得者の所得として「その他の所得(Income from Other Sources)」として課税される。ここでいう財産には株式や証券も含まれる。本条の適用におけるFMVは、2026年所得税規則(Income-tax Rules, 2026, “IT Rules 2026”)第57条(旧1962年所得税規則(Income-tax Rules, 1962)第11UA条]に従って計算される。

したがって、株式が対価不足で取得される場合、特に他の株主から取得される無償(nil-cost)または比較的低価格のアンチ・ダイリューション株式、あるいはディスカウントで実施されるダウンラウンド[2026年IT規則(IT Rules 2026)に基づくFMVが発行価格を上回る場合に論点となり得るもの]については、当該株式のFMVと実際に支払われた無償または不十分な対価との差額が、投資家側において「その他の所得(Income from Other Sources)」として課税される。これは、多くのディールチームが見落としがちな、潜在的に重大な課税上の落とし穴となり得る。

さらに、2025年IT法(IT Act, 2025)第79条[旧1961年IT法(IT Act, 1961)第50CA条]に基づく問題も、ダウンラウンドの取り決めにより他の株主から無償または対価不足で取得した株式に関して生じる可能性がある。第79条は、未上場株式が公正市場価値(FMV)より低い対価で譲渡された場合、規定の方法で算定されたFMVを譲渡者側における譲渡所得計算上の対価の全額とみなすと規定している。したがって、既存株式が大幅にディスカウントされる、もしくは無償で譲渡される場合、税務当局は譲渡株主に対して規定FMVを譲渡対価としてみなすよう主張し、商業的に合意された取引価格にかかわらず譲渡所得課税のリスクが生じる可能性がある。

したがって、ダウンラウンドの取り決めに基づき、他の株主から無償(NIL)または対価不足(inadequate consideration)で取得した株式については、譲渡者および譲受者の双方において課税が生じる可能性がある。

【2025年IT法(IT Act 2025)第92条第2項(m)— 課税上の落とし穴】
他の投資家から取得した希薄化防止株式(anti-dilution shares)の公正市場価値(FMV):5,000,000インドルピー(INR 5,000,000)
投資家が支払った対価:1,000,000インドルピー(INR 1,000,000)
FMVと支払対価との差額である4,000,000インドルピー(INR 4,000,000)が、投資家側で「その他の所得(Income from Other Sources)」として課税される。税率30%の場合、税額は1,200,000インドルピー(INR 1,200,000)となる。
株主間契約(SHA)が適切に作成されていれば、投資家は当該税負担について補償(indemnity)を受けることができる。ただし、この補償金自体も投資家の課税所得となるため、適用税率によっては補償額のグロスアップ(Gross-up)が繰り返し必要となり、課税負担が連鎖的に増大する可能性がある。

(c)  資本損失 — 2025年IT法(IT Act 2025)第67条、第72条、第108条および第111条[旧1961年IT法(IT Act 1961)第45条、第48条、第70条および第74]

ダウンラウンド前後のタイミングで既存投資家がエグジット(株式売却)を行う場合、資本損失(capital losses)が確定することになる。この場合、当該損失の相殺(set-off)の取扱いが重要な論点となる。

  • 短期資本損失(非上場株式、保有期間24か月未満):短期資本損失は、短期および長期のいずれのキャピタルゲインに対して相殺できる。さらに、当該課税年度に全額を相殺しきれなかった場合、相殺されなかった損失額は、損失が初めて算定された課税年度の翌年度から8課税年度にわたり繰り越すことができ、繰越損失も短期および長期のキャピタルゲインに対して相殺可能である。
  • 長期資本損失(保有期間24か月超):長期資本損失は、長期キャピタルゲインに対してのみ相殺可能である。この非対称性は重要であり、誤解されがちである。ダウンラウンドのエグジットによって生じた長期資本損失を抱える投資家は、短期キャピタルゲインに対してその損失を相殺することはできない。さらに、当該課税年度に損失の全額を相殺しきれなかった場合、相殺されなかった損失額は、その損失が初めて算定された課税年度の翌年度から起算して8課税年度にわたり繰り越すことができ、繰越損失は長期キャピタルゲインに対してのみ相殺可能である。

(d)  ESOPの価格再設定(Repricing) — 2025年IT法(IT Act 2025)第17条第1項(d)[旧1961年IT法(IT Act 1961)第17条第2項(vi)]

ESOPの行使は、一般的に従業員に現物給与課税(perquisite tax)を生じさせる。当該現物給与の価値は、行使日における公正市場価値(FMV)と行使価格との差額として算定される。

行使価格自体が、価格再設定(Repricing)後のダウンラウンド価格(すなわちFMV)を上回る場合、従業員が行使時により高い対価を支払うことになるため、現物給与課税が生じない可能性がある。しかし、価格再設定後の低下したFMVに対して行使価格が相対的に高い場合、従業員の株式取得インセンティブが低下し、ESOPの行使を控えさせる要因となり得る。実務上、ダウンラウンドを経験する企業では、シニア社員との間でESOPに関する調整が困難になることが多く、価格再設定に伴う資本コストの増加は行使時点まで見過ごされがちである。

  • 株式の実質的所有権変更時における企業の繰越損失の制限 — 2025年IT法(IT Act 2025)第119条[旧1961年IT法(IT Act 1961)第79条]

2025年IT法(IT Act 2025)第119条[旧1961年IT法(IT Act 1961)第79条]は、非公開企業(closely held company)において、当該課税年度中に株式の実質的所有権(beneficial ownership)が変更された場合、損失の繰越および相殺(carry forward or set off)を制限する。具体的には、過年度に発生した損失は、その損失が発生した年度末日に議決権の51%以上を保有していた同一の者が、当該課税年度末においても引き続き51%以上の株式を実質的に保有していない限り、繰り越すことはできない。ただし、この制限は適格スタートアップ(eligible start-ups)には適用されず、2025年IT法(IT Act 2025)第119条第3項(b)に定める所定の条件を満たす場合に限り、例外的に繰越損失の利用が認められる。

ダウンラウンドにおいて、新規投資家への新株発行により議決権の51%以上を有する株式の実質的所有権が変更された場合、当該会社の過年度の繰越損失の利用に影響を与える可能性がある。

  1. 3. 2013年会社法(Companies Act, 2013)

(a)  第三者割当(Preferential Allotment

株主割当増資(Rights Issue)を除くダウンラウンドにおける新株発行は、2013年会社法(Companies Act, 2013 , “Companies Act”)第62条第1項(c)および2014年会社(株式資本および社債)規則[Companies (Share Capital and Debentures) Rules, 2014]第13条に基づき、第三者割当(Preferential Allotment)に該当する。必須要件として、(i)議決権の75%以上の賛成による特別決議の可決、(ii)登録評価人(Registered Valuer)による独立評価報告書の取得、および(iii)当該決議の可決日から12か月以内に割当てを完了することが求められる。

評価報告書は、低い価格設定を正当化する内容でなければならず、これがリスクの要因となる。株式発行価格や条件が会社法に反する可能性のある希薄化防止条項(Anti-dilution clauses)やドラッグアロング条項(Drag-along clauses)は、法的に執行可能となるよう慎重に作成する必要がある。

さらに、会社法(Companies Act)第42条に基づき、第三者割当は私募(Private Placement)として扱われる。そのため、私募に関する規制に従う必要があり、具体的には、募集通知書(Offer Letter)の発行、割当先人数の上限の遵守、応募金の銀行経由による専用口座への入金、ならびに会社登記官(Registrar of Companies)への適時の届出などが求められる。

(b)  無償割当(Bonus Shares

会社法(Companies Act)第63条に基づき、無償割当(Bonus Shares)は同一種類の株式を保有するすべての株主に対して比例的(pro-rata)に発行されなければならない。たとえば、特定の投資家のみに希薄化防止の補償として無償割当株式を付与するといった選択的な割当は明示的に禁止されている。この制限により、ダウンラウンド投資において無償割当を希薄化防止手段として利用できるケースは非常に限られる。同一種類株式の全株主の同意が得られる場合に限り、選択的な希薄化防止手段として利用することはできるものの、実務上ほとんど現実的ではない。

(c)  プロモーター株式の買戻し(Buy-Back

株主間契約(SHA)において、希薄化防止調整の資金確保のために企業がプロモーター株式を買い戻す旨が定められている場合、当該取引は会社法(Companies Act)第68条および第70条の適用を受け、これに付随する各種制約が課される。具体的には、(i)各事業年度における買戻し総額は、払込済資本金および自由準備金の25%を上限とすること、(ii)登録評価人(Registered Valuer)による独立評価報告書の取得、(iii)買戻し後の負債資本比率が2:1を超えないこと、(iv)2回の買戻し実施の間には最低12か月の間隔を設けることが求められる。これらは厳格な法定上限であり、SHAのいかなる契約条項によってもこれを修正、排除または回避することはできない。

  1. 結論

ダウンラウンドにおいて最も複雑な側面は、手続き上のメカニズムではありません。これらは明確に定義されており、管理可能です。真の課題は戦略的評価にあります。すなわち、当該企業に復活の可能性や長期的な価値創出の余地があるのか、それとも本質的に持続不可能で、リターンを生まないまま資本を消費し続ける可能性が高いのかを見極めることです。この判断を行う際には、以下の指標を慎重に検討することが望まれます。

ダウンラウンドがうまく機能する場合 ダウンラウンドがマイナスに働く場合
ビジネスモデルは健全であるが、資金不足に陥っている 既存投資家のみが参加しており、新たな検証が得られていない
信頼できる新規投資家がラウンドをリードしている コアビジネスモデルが崩壊しており、実現可能なピボットがない
調達資金が、明確かつ期限付きのキャッシュフロー改善計画に充てられる 詐欺、訴訟、規制上の問題が未解決のままである
創業者および経営チームがそのまま残り、モチベーションを維持している 売上およびEBITDAの成長が構造的にマイナスである
株価は現実的な公正時価(FMV)を反映しており、困窮状態に基づく価格ではない 創業者が関与をやめるか、モチベーションを失っている、またはすでに退出している
調達により、3〜5年以内のIPOまたはM&Aによるエグジットが可能になる 調達資金は存続のための数か月分の資金を確保するにとどまり、収益化への実行可能な期間(ランウェイ)を延ばせない

上記の例が示すように、企業はダウンラウンドを経ても、より強固で焦点の定まった体制を築き、最終的により高い価値を生み出すことが可能です。しかし、その成功の鍵は少なくとも次の3つの条件が同時に満たされることにあります。すなわち、基盤となるビジネスが引き続き投資に値すること、信頼できる新たな計画が存在すること、そして主要な人材が事業へのコミットメントを維持していることです。ダウンラウンドが成功するのは、これらすべての条件が満たされる場合に限ります。

これらの条件が欠如している場合、つまり新規資本が入らず既存投資家のみがラウンドをリードしている場合、ビジネスモデルが単なる資金不足ではなく本質的に破綻している場合、あるいは創業者が事業への関与を失っている、または退出を準備している場合、ダウンラウンドはもはや救済手段としての機能を失います。その結果、実質的に確信を伴わない資本投下となり、いわゆる「悪い資金にさらに資金を投じる(good money after bad)」状態にほかなりません。

ダウンラウンドには、関係するすべての当事者に誠実さが求められます。投資家は、自らの当初のバリュエーションに誤りがあったことを認めなければなりません。創業者は、希薄化を冷静に受け入れ、過度な自我を排して行動する必要があります。双方は、利害関係のない第三者による厳格な検証にも耐え得る現実的な計画にコミットする必要があります。これらの条件が満たされる場合、ダウンラウンドは失敗ではなく、レジリエンスと将来的な成功に向けた再調整であると位置づけられます。

最も重大なリスクは、ダウンラウンドそのものや希薄化ではありません。企業が回復不可能な状況に至るまで、現実を認めず、バリュエーションのリセットを拒み続ける姿勢にあります。

The content of this article is intended to provide a general guide to the subject matter. Specialist advice should be sought about your specific circumstances.

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